“自分を信じる勇気”の手に入れ方を、あなたに授けよう…

“自分を信じる勇気”の手に入れ方を、あなたに授けよう…

どんな困難にぶつかろうと、絶対に心の折れない人がいる。

どれほどの不安に襲われようと、どんなに希望が見えなくとも、決して自分を見失わない人がいる。

どんなに周りから反対されようと、迷わず自分の進むべき道を歩み続けられる人がいる。

 

なぜ、それほどまでに強くなれるのか?

 

 

人生には、常に不安が付きまとう。

多くの人が何かしらの不安を抱え、迷いながら生きている。

「果たして自分は正しいのか…?」

「もしかして、自分は間違ってないだろうか…?」

そんなとき人は、自分の考えや行動に対して周りのみんなからの同意・賛同を得ようとしたり、または自分が周りの人と同じように合わせることによって、不安をかき消そうとする。

つまり、他人から「あなたは正しい」という承認を得ることによって安心しようとする。

 

そもそもなぜ人は、不安になるのか?

それは、自分を信じることが出来ないから。

自分の考え・判断・価値観に確信が持てない、自分自身に疑いの目を向けているから、不安になったり迷ったりする。

 

そして自分のことが信じれないから、何かを判断するのに他人の承認が必要になる。

つまり不安が大きいということは、それだけ自分で自分を認めてあげることが出来てないということ。

そして自分で自分を認めてあげられないからこそ、他人に認めてもらうことによってその穴埋めをしようとする。

 

もしあなたが、自分の中から不安を追い出したければ、自信を身に付けるしかない。

「自分の人生を、自分の考え・自分の価値観で生きていいんだ」という信念と確信を手に入れなければならない。

 

では、どうすれば自信を付けることが出来るか?

ここで多くの人が、間違った方法で自信を付けようとしてしまう。

それは「自分の実力を他人に認めてもらうことによって、自信を付けようとする」というやり方だ。

確かに周りの人間から認められれば、それが自信になるかもしれない。

でも残念ながら、実はこれではいつまで経っても本物の自信を付けることは出来ない。

 

いくらたくさんの人から認めてもらっても、その中のたった一部から批判の声が出ただけで、その自信は簡単にグラついてしまうだろう。

大多数の人が自分のことを肯定的に受け止めてくれていても、ほんの一握りの人間から否定されただけで、驚くほど簡単に人の心には不安が生まれるものだ。

そして周りの人というのは当然、あなたに対していつでも賛同してくれるわけではない。

ということは、みんなから賛同してもらうために、常に頑張り続けないといけない。

いつも他人の顔色や自分に対する反応を気にし、それに怯え続けなければならない。

 

それはつまり、自分を信じているのではなく、他人を信じているということ。

そもそも自信とは、分をじると書く。

ということは、つまり

分をじる→自信

ではなく

人をじる→他信

ということになる。

 

だからいくら他人に認められても、それが自信へとつながるわけではない。

自分で自分を信じてあげなければ、意味が無い。

多くの人が他者承認(他人に認められること)を得ることに必死だが、はっきり言ってそんなものは気休め程度のものにしかならない。

むしろ他人からの評価に振り回されてしまうのがオチだ。

 

 

自信とは、自分を信じること。

突然今すぐ自信を付けるなんてことは難しいかもしれないが、参考までにボク流の「自信の付け方」がいくつかあるので、その1つを今から話す。

 

ここまで読んでくれているということは、あなたには自信が無いのだろう。

自信が無いということは、おそらくあなたの中で「自分のこんなとこがダメだ」という部分があると思う。

それを今から、出来る限り挙げてみてくれ。

誰にも言う必要などないから、自分の中で自分に対するネガティブな事柄を、正直に思い浮かべてみてくれ。

 

……

……挙げてもらえただろうか。

なぜボクがこんなことを言うのかというと、それはあなたの中にある自分のダメな部分、みっともない部分、情けない部分、恥ずかしい部分、そういった見たくない部分・認めたくない部分・否定してしまいたい部分を、あなたに直視してもらうためだ。

直視しなければ、それを乗り越えることは出来ない。

 

では直視したなら「これが今の自分の姿なんだ」と観念して、その全てを認め、全て受け入れろ。

カッコ悪い自分なんか認めたくないかもしれないが、カッコつけずに今の自分を全て受け入れるんだ。

「これが今の自分なんだ」と認めて、受け入れるんだ。

 

そして受け入れたなら、次は開き直れ。

「今の自分はダメ。だからどうした?何が悪い?」

と厚かましく開き直るんだ。

 

人間は誰だって良いとこもあれば悪いとこもある。

得意なこともあれば苦手なこともある。

ノーマルな部分もあればアブノーマルな部分もある。

完璧な人間など、いやしない。

 

第一、オールマイティな人間など、見ていて面白くも何ともない。

そんな機械やコンピューターみたいな人間味の無いヤツと付き合っていても、退屈なだけだ。

ボクたちは不完全でいい。

いや、不完全が醸し出す人間臭さこそが、その人間の魅力となる。

 

例えば漫画やアニメなんかでも、バランスのとれた完璧なヒーローや主人公より、どこか極端で偏った部分や非常識な部分を持つ、そんなバランスの悪いアンチヒーローや悪役の方が根強い人気があったりするもの。

不完全でバランスが悪いからこそ、それが魅力となる。

自分を卑下する必要などない、堂々と開き直るんだ。

 

そして最後に、そんな不完全な自分の心と体でこれからの人生を必ず戦い抜くことを、自分に誓え。

これから先どんなことがあろうと、どんな困難が待ち受けていようと、絶対に自分を見捨てない。

何があろうと、絶対に自分のこの心と体で命果てるまで戦い抜く。

それを自分に誓うんだ。

 

自信とは、自分を信じること。

自分を信頼すること。

他人に認めてもらうことではなく、自分で自分を認めること。

他人に頼るのではなく、自分に頼るんだ。

 

自分を信じ、他人にではなく自分に人生の全てを委ねろ。

人生とは、一生に一度の大ギャンブルだ。

一度しかない命がけのギャンブル、自分の可能性に全てを懸けてもいいんじゃないか?