あなたにかけられたマインドコントロールを打ち破れ。

あなたにかけられたマインドコントロールを打ち破れ。

あなたは日々の生活の中で、「生きづらさ」を感じることはないだろうか?

 

人は誰しも周りの人の目を気にし、自分が間違ったことをして白い目で見られないよう用心しながら生きている。

無意識にみんなと同じような行動・発言・考え方を心がけ、みんなの輪から外れないことばかりに神経をとがらせて生活している。

 

なぜ、ボクらはこんな窮屈な生き方を強いられなければならないのか?

なぜ、みんなと同じじゃないといけないのか?

なぜボクらは、みんなと違うことをする人たちのことを白い目で見てしまうのか?

 

ボクらを生きにくくさせているものの正体、それは「常識」

ボクらの中にある常識が、ボクらの思考・行動に規制をかけ、まさにボクらの人生をコントロールしている。

僕らを支配するこの「常識」とは、一体何なのか…?

 

ここでひとつ、確認しておきたいことがある。

「知識」と「常識」の違いだ。

 

知識と言っても、正しい知識もあれば間違った知識もある。

一口に知識と言ってもいろいろあるが、基本的に知識とは事実に基づいたもの。

主観の入り込まない事実に基づいたもの、それが知識。

 

それに対し常識とは、その場で共に生きる複数の人間が共有する価値観や暗黙のルール。

つまり常識とは、その時代・その国・その地域・その世代の人たちだけが単に共有しているだけの価値観・ルールでしかない。

 

すなわち知識とは基本的に変わることのない事実であり、それに対して常識とはその時代の情勢や置かれている状況によってコロコロ変わってしまう不確実なもの。

そして常識とは自然に形成されることもあれば、意図的に人の手によって加工されることもある。

いや、むしろ常識とは、その時代の権力者によって都合よく加工され続けてきた。

ボクらは、時代の権力者の手で都合よく加工された常識を刷り込まれることによって、知らず知らずの内にマインドコントロールされているのだ。

 

例えば戦時中。

戦時中の日本の学校と言えば、まさにマインドコントロールの場と言える。

男の子を、国にとって従順な兵士に育て上げるために、敵国であるアメリカ・イギリスを鬼畜と呼んで憎ませ、天皇を神格化し、お国のため天皇陛下のために命を投げうつのが日本男児のあるべき姿だと子供たちに刷り込んだ。

まさに国にとって都合の良い兵士を量産するために、学校が大いに利用された。

また女の子も兵士を量産させるため、そして人口を増やして経済を安定させるために、「結婚して家庭を持ち、夫を支えつつ子供をたくさん生み育てることが女性の幸せ」という刷り込みがされた。

 

そして戦時中だけでなく今現在も、学校による洗脳活動は続いている。

国にとって都合の良い人間を作り出すための洗脳機関として、学校は今も機能し続けている。

 

例えば学校の望む生徒とは、一体どんな生徒か?

それは可もなく不可もなく、全ての教科をまんべんなく出来る、全てにおいて安定して平均的に良い点数を取れる生徒。

 

なぜそんな無難で平均的な生徒を望むのか?

それはこの日本社会を見れば、答えが出る。

 

この日本の経済を支えている大多数の人間、それは平凡で平均的なサラリーマン。

今の日本経済を安定的に回すには、上からの命令に対して従順に従う、そして突出した能力ではなく何でもまんべんなく無難にこなせる能力を持つ人材、そんな可もなく不可もない平均的なサラリーマンを大量生産しなければならない。

 

今も昔も日本の教育は、国による強い影響力の下に置かれている。

現在学校で使われている教科書も、著作・編集を民間に委ねられるようになったとはいえ、文部科学大臣が教科書として適切か否かを審査し合格しなければ、使用することを認められない。

この制度を教科書検定と言うが、国による教科書検定を行っている国というのは、実は先進国の中では極めて珍しい。

 

日本の学校というのは、国の出先機関のようなもの。

日本国の望むような労働者を、学校という組織が教育という名のもとに量産する。

国の方針に逆らわず、疑問を持たず、従順で何でも無難にこなせる、そんな「国にとって都合の良い労働者」に子供たちを仕上げるために、子供たちを洗脳する。

 

よく「柔軟な発想を持ち、自分の頭でものごとを考え行動出来る子供を育成する」みたいなことを言っている学校があるが、疑った方がいい。

子供をのびのびと育てているように見えても、それはあくまで学校が設定した「常識」の範囲内での話。

学校が設定した常識の範囲を大きく飛び出してしまう恐れのある子がいれば抑え込み、逆に常識の範囲から大きく落ちこぼれてしまえば、範囲内に収まるように無理矢理引っ張り上げる。

自由にしていいのは、あくまで学校が設定した範囲内でのこと。

学校が設定する範囲を大きく超えることは、絶対に許されない。

 

学校とはまさに、この日本における最大の洗脳機関と言える。

国や学校は自分たちにとって都合の良い常識を作り出し、子供の頃からボクらにその常識を刷り込んでくる。

そしてその洗脳に、驚くほど多くの人がかかっている。

 

かつてのボクも、完全にマインドコントロールにかかっていた。

しかしボクは、落ちこぼれた。

そして落ちこぼれて常識の枠から外れたことがきっかけで、常識という名の洗脳からボクは目を覚ますことが出来た。

 

もしあなたが今の人生に生きづらさを感じているのなら、あなたにかかっている「常識」という洗脳が解けかけているのかもしれない。

この世に「常識」という名のルールなど存在しない。

ありもしない常識という名の暗黙のルールに縛られている多くの人々、この世の主流派とも言える人間たちは、強い権力や大きな影響力を持つ人間の思惑に踊らされている。

常識に従うことが正しいと信じ込み、自分の意思で考え判断することが出来なくなってしまっている。

 

まさに新興宗教にハマった人間心理と同じ。

教祖がどんなにおかしなことを言おうとも、信じて疑わない。

教祖や教団を批判する人間がいれば、有無を言わさず排除する。

善悪の判断基準は、全て教祖や教団。

目を覚ますことは、決して無い。

 

ここまで話した通り、常識とは意図的に作られたものであり、正しいとは限らないことばかりだ。

むしろ常識というものは、ボクらの能力を制限し、未来への可能性を奪うもの。

ぜひ、今の自分が作られた常識に縛られ、その常識によって思考を制限され、行動をコントロールされていることに気付いてほしい。

常識を守ることによって安心している思考停止人間になど、なってはいけない。

 

全ての常識を疑え。

そして何が正しいのか、自分の頭で考えるんだ。